ジョニー
「ジョニー」は、私が始めて買った真っ赤なミニの名前だ。
外車専門の中古車店で、120万で売っていた。
休みの度に自転車に乗って店の前まで行き、
いろんな角度から眺めていた。
新車の12インチに対して10インチのタイヤは小さく、
地面すれすれの姿は、
ちっちゃくて、カッコ良かった。
「どうします?ちょっと興味ありそうなお客さんが来てたんですけど」
店のオーナーが、4週連続で見に来ていた私に言ってきたとき、
私は、正直、焦った。
「ペットショップのお気に入りの犬が
買われてしまいそうなときの気持ち」
がしたのである。
気づいたときには、ハンコを押していた。
ジョニーは、すばらしくダメな子だった。
寒い日には、チョークを引かないとエンジンがかからない。
「チョーク」というものが車についている何かであること自体、
45歳以下はわからないだろう。
サスペンションは、「ラバーコーン」という名前の「ゴム」である。
ブレーキはドラムブレーキ。
水たまりを走ってがぶがぶ水を飲んだジョニーは、
ブレーキに水が入り、坂道でバスに追突した。
「今日は嵐だから、君たちは僕が送るよ」
そう宣言して女性3人を乗せたまま追突である。
あの瞬間が、私の標高の低いモテ・ピークが、
下り坂になった瞬間であったかもしれない。
そのジョニーが、妻とのデート・カーだった。
妻と会う日は、
職場の人たちやお客さんに見つからないように、
街外れのコンビニの裏手でよく待ち合わせた。
当時のジョニーは、目立つことだけが取り柄だったので、
車を出すときには、妻には、いつも屈んでもらったものだ。
それが、なんだか、いつも、
日陰者のような扱いで、妻は寂しかったらしい。
夏に、親族と旅行に出かけた妻を訪ねたときには、
エアコンのないジョニーで12時間かけて追いかけていった。
途中でライトが片目になり、
ウインカーが点かなくなった。
車のウインカーがつかなくなったときは、
窓から手を出して後続車に合図するって
みなさんは、知っているだろうか?
妻は、ジョニーのダメな子ぶりを知っていたので、
私の勇気をたいそう喜んでくれた。
追い越しは、ベタ踏みで、
必死に時速90キロを出し、
坂道は、ペダルをこぐような気持ちで上った。
妻は、そんなジョニーを気に入ってくれていた。
狭いから、一体感があっていいと言ってくれていた。
デート中にガス欠になって、
ポリタンクを提げてガソリンスタンドから歩いたことも、
ドライブに行った高速の料金所でトラックに追突したことも、
部品がとれてガムテで貼って走ったことも、
ホテルの前で縁石に乗り上げてJAFに来てもらったことも、
あったのに。
マナーが悪くて、キケンなめにあわされた車を追いかけて、
後日、そのことをそのドライバーの助手席にいた奥さんに
「JAFメイト」に投稿されたこともあった。
「突然、赤い小さな外車が追いかけてきて、
主人が運転がうまくて冷静だから良かったものの、
ほんと、びっくりしました」
なんて書かれてムカついて夜も眠れず朝寝たこともあった。
そんなジョニーは、娘が生まれる前に、おさらばした。
ジョニーは、赤ちゃんを乗せて走るには、
ちょっとダメすぎだったのだ。
15年前、33万で下取りされたジョニーは、
その時点で相当のおじいちゃんだったから、
もう廃車になったのかもしれないが、
今でも、70年代の赤いミニを見ると目で追ってしまう。
ジョニーは、イギリス製のマンバホイールを履いた、
センターマフラー、センターアンテナの、
ちょっと粋なダメ子なので、
もしかしたら、まだどこかで、生きていたり、
事故っていたりするのかもしれない。
雪の日の朝には、
チョークを引かないとエンジンのかからない
ジョニーを思い出す。
外車専門の中古車店で、120万で売っていた。
休みの度に自転車に乗って店の前まで行き、
いろんな角度から眺めていた。
新車の12インチに対して10インチのタイヤは小さく、
地面すれすれの姿は、
ちっちゃくて、カッコ良かった。
「どうします?ちょっと興味ありそうなお客さんが来てたんですけど」
店のオーナーが、4週連続で見に来ていた私に言ってきたとき、
私は、正直、焦った。
「ペットショップのお気に入りの犬が
買われてしまいそうなときの気持ち」
がしたのである。
気づいたときには、ハンコを押していた。
ジョニーは、すばらしくダメな子だった。
寒い日には、チョークを引かないとエンジンがかからない。
「チョーク」というものが車についている何かであること自体、
45歳以下はわからないだろう。
サスペンションは、「ラバーコーン」という名前の「ゴム」である。
ブレーキはドラムブレーキ。
水たまりを走ってがぶがぶ水を飲んだジョニーは、
ブレーキに水が入り、坂道でバスに追突した。
「今日は嵐だから、君たちは僕が送るよ」
そう宣言して女性3人を乗せたまま追突である。
あの瞬間が、私の標高の低いモテ・ピークが、
下り坂になった瞬間であったかもしれない。
そのジョニーが、妻とのデート・カーだった。
妻と会う日は、
職場の人たちやお客さんに見つからないように、
街外れのコンビニの裏手でよく待ち合わせた。
当時のジョニーは、目立つことだけが取り柄だったので、
車を出すときには、妻には、いつも屈んでもらったものだ。
それが、なんだか、いつも、
日陰者のような扱いで、妻は寂しかったらしい。
夏に、親族と旅行に出かけた妻を訪ねたときには、
エアコンのないジョニーで12時間かけて追いかけていった。
途中でライトが片目になり、
ウインカーが点かなくなった。
車のウインカーがつかなくなったときは、
窓から手を出して後続車に合図するって
みなさんは、知っているだろうか?
妻は、ジョニーのダメな子ぶりを知っていたので、
私の勇気をたいそう喜んでくれた。
追い越しは、ベタ踏みで、
必死に時速90キロを出し、
坂道は、ペダルをこぐような気持ちで上った。
妻は、そんなジョニーを気に入ってくれていた。
狭いから、一体感があっていいと言ってくれていた。
デート中にガス欠になって、
ポリタンクを提げてガソリンスタンドから歩いたことも、
ドライブに行った高速の料金所でトラックに追突したことも、
部品がとれてガムテで貼って走ったことも、
ホテルの前で縁石に乗り上げてJAFに来てもらったことも、
あったのに。
マナーが悪くて、キケンなめにあわされた車を追いかけて、
後日、そのことをそのドライバーの助手席にいた奥さんに
「JAFメイト」に投稿されたこともあった。
「突然、赤い小さな外車が追いかけてきて、
主人が運転がうまくて冷静だから良かったものの、
ほんと、びっくりしました」
なんて書かれてムカついて夜も眠れず朝寝たこともあった。
そんなジョニーは、娘が生まれる前に、おさらばした。
ジョニーは、赤ちゃんを乗せて走るには、
ちょっとダメすぎだったのだ。
15年前、33万で下取りされたジョニーは、
その時点で相当のおじいちゃんだったから、
もう廃車になったのかもしれないが、
今でも、70年代の赤いミニを見ると目で追ってしまう。
ジョニーは、イギリス製のマンバホイールを履いた、
センターマフラー、センターアンテナの、
ちょっと粋なダメ子なので、
もしかしたら、まだどこかで、生きていたり、
事故っていたりするのかもしれない。
雪の日の朝には、
チョークを引かないとエンジンのかからない
ジョニーを思い出す。





