いいことあった
「ねえ、パパ、昨日から、なんかいいことあった?」
朝から妻がニカニカしながら、聞いてきた。
「昨日から」
この「から」が着目点だ。
察しのいい私は、脳内ハードディスクを高速回転させて
「昨日から限定のいいこと」を検出した。
「あのね、ブログのアクセスが1日で倍になった」
実は、たまたま前回セミヌードのことを書いたら、
この問題について取り組んでいるいくつかのブログで紹介され、
ものすごい勢いでアクセスが増えたのである。
私なんかは、全く知識も少なくて、
写真を「カレンダー」なんて言ってたりしていい加減なのだが、
当事者の取り組みは真剣なもので、
運動として真面目に取り組んでいるようだ。
いろいろ勉強になった。
せっかく、「ものすごくまっとうなこと」を言っているので、
茶化しながら進めないで欲しい、なんて思ったりしている。
さて、ちなみに妻は、そのへんのことは全く知らない。
ネットもやらないし、テレビも見ないし、新聞は節約のために解約したから。
ニカニカして寄ってきた妻が言いたかったことは、
前々回の「ミモザ」を読んだ人しかわからないのだが、
「あのね、西側に、黄色いビオラ植えたんだよ」
ということなのであった。
今朝の春らしい日差しの中で、
てんこもりの黄色いビオラを見て、
その強欲ぶりに、気持ちが楽になるのを覚えた。
「そっか。お金じゃないけど、いいことあったね。やっぱりね」
妻は、満足そうだった。
「やっぱりね」の意味がイマイチよくわかんないのだが。
でも、たしかに、いいことあったと思う。
去年の10月に妻の乳がんがわかって、
あたふたあたふたしてパソコンで知識を漁って、
結局、いちばん参考になったのは、
♪ぴあのさんほか、
当事者のブログだった。
今回紹介いただいたブログにも、
ずいぶん教えてもらった。
最初のころは、
ただただ転移がありませんように再発しませんように、
お願いですなんでもしますからー!!!!
という感じだったのだが、
こんなふう考えられるようになった。
がん患者って、2つの生き方を一緒に生きるといいんじゃないか、と。
生きてもいいように死んでもいいように、
生きるのがいいんじゃないか、と。
そんなことを教えられた気がした。
みんな生きたいわけで、できればというか、ほとんどというか、
死にたくはないのだが、
残念なことに死ぬ場合もあるわけで、
だからといって、死ぬことばっかり考えていれば
当然弱ってきてしまうわけで、
でも全く考えないでいると、いざというときに後悔するし、
そうだ、生きても死んでもいいようにしとけば、
どっち転んでも、とりあえず負けってことじゃなくね?
それだと、じつは、いちばん生きるんじゃね?
奇跡も起こるんじゃね?
というような生き方、である。
以前は、がん=闘病のイメージだった。
絶対に死なない、というようなイメージ。
死を考えただけでおしまい、というような、
死んだら負け、というような。
そうじゃないんだな、と思ったことは、
私の安らぎの助けとなった。
私も妻も、目を三角にして「燃えよ闘病!」というわけではなく、
生きるっちゃ生きるし、死ぬっちゃ死ぬよん、
という感じで生きつつ、
実はがめつく奇跡的にいっぱい生きようとしている。
乳がんの啓発は、早期発見早期治療ばかりが目につくが、
「早期じゃなかったら」
「早期だったけど再発したら」
そっちのほうが、もっと大事なんじゃないかと思う。
いたずらに恐れることは、諸刃の剣で、
早期でなかった場合、再発の場合に、
絶望の形で襲ってくる。
私は、当事者のブログでもって、
乳がんの実際を知ることができたし、
生きる指針といえば大げさだが、
恐れ以外のものを見つけられた気がする。
そして、妻が私に言う言葉を素直に聞けるようになったと思っている。
通勤電車から携帯で
「ランキングが4位になった。びっくり」
と送ったら、
「ビオラ効果かしら」
なんて送り返してきた。
うちって、いつからこんなに風水信じちゃってるのかしら。
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朝から妻がニカニカしながら、聞いてきた。
「昨日から」
この「から」が着目点だ。
察しのいい私は、脳内ハードディスクを高速回転させて
「昨日から限定のいいこと」を検出した。
「あのね、ブログのアクセスが1日で倍になった」
実は、たまたま前回セミヌードのことを書いたら、
この問題について取り組んでいるいくつかのブログで紹介され、
ものすごい勢いでアクセスが増えたのである。
私なんかは、全く知識も少なくて、
写真を「カレンダー」なんて言ってたりしていい加減なのだが、
当事者の取り組みは真剣なもので、
運動として真面目に取り組んでいるようだ。
いろいろ勉強になった。
せっかく、「ものすごくまっとうなこと」を言っているので、
茶化しながら進めないで欲しい、なんて思ったりしている。
さて、ちなみに妻は、そのへんのことは全く知らない。
ネットもやらないし、テレビも見ないし、新聞は節約のために解約したから。
ニカニカして寄ってきた妻が言いたかったことは、
前々回の「ミモザ」を読んだ人しかわからないのだが、
「あのね、西側に、黄色いビオラ植えたんだよ」
ということなのであった。
今朝の春らしい日差しの中で、
てんこもりの黄色いビオラを見て、
その強欲ぶりに、気持ちが楽になるのを覚えた。
「そっか。お金じゃないけど、いいことあったね。やっぱりね」
妻は、満足そうだった。
「やっぱりね」の意味がイマイチよくわかんないのだが。
でも、たしかに、いいことあったと思う。
去年の10月に妻の乳がんがわかって、
あたふたあたふたしてパソコンで知識を漁って、
結局、いちばん参考になったのは、
♪ぴあのさんほか、
当事者のブログだった。
今回紹介いただいたブログにも、
ずいぶん教えてもらった。
最初のころは、
ただただ転移がありませんように再発しませんように、
お願いですなんでもしますからー!!!!
という感じだったのだが、
こんなふう考えられるようになった。
がん患者って、2つの生き方を一緒に生きるといいんじゃないか、と。
生きてもいいように死んでもいいように、
生きるのがいいんじゃないか、と。
そんなことを教えられた気がした。
みんな生きたいわけで、できればというか、ほとんどというか、
死にたくはないのだが、
残念なことに死ぬ場合もあるわけで、
だからといって、死ぬことばっかり考えていれば
当然弱ってきてしまうわけで、
でも全く考えないでいると、いざというときに後悔するし、
そうだ、生きても死んでもいいようにしとけば、
どっち転んでも、とりあえず負けってことじゃなくね?
それだと、じつは、いちばん生きるんじゃね?
奇跡も起こるんじゃね?
というような生き方、である。
以前は、がん=闘病のイメージだった。
絶対に死なない、というようなイメージ。
死を考えただけでおしまい、というような、
死んだら負け、というような。
そうじゃないんだな、と思ったことは、
私の安らぎの助けとなった。
私も妻も、目を三角にして「燃えよ闘病!」というわけではなく、
生きるっちゃ生きるし、死ぬっちゃ死ぬよん、
という感じで生きつつ、
実はがめつく奇跡的にいっぱい生きようとしている。
乳がんの啓発は、早期発見早期治療ばかりが目につくが、
「早期じゃなかったら」
「早期だったけど再発したら」
そっちのほうが、もっと大事なんじゃないかと思う。
いたずらに恐れることは、諸刃の剣で、
早期でなかった場合、再発の場合に、
絶望の形で襲ってくる。
私は、当事者のブログでもって、
乳がんの実際を知ることができたし、
生きる指針といえば大げさだが、
恐れ以外のものを見つけられた気がする。
そして、妻が私に言う言葉を素直に聞けるようになったと思っている。
通勤電車から携帯で
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なんて送り返してきた。
うちって、いつからこんなに風水信じちゃってるのかしら。
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本当に
No title
はるはるさん
ご家族がご病気とのこと。お察しいたします。お互い、毎日を大事に過ごしましょう。これからもよろしくおねがいいたします。
ご家族がご病気とのこと。お察しいたします。お互い、毎日を大事に過ごしましょう。これからもよろしくおねがいいたします。
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私は筆者様のように文才がなくて 何て書いていいかわからないですが いつもブログを読みながら応援させてくださいね。